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第123話 社長は、辞めない

Author: 花柳響
last update publish date: 2026-09-29 06:00:45

「瀬名さんの死のあとに、私たちを置かないでください。……あの人が死んだおかげで、やり直せたみたいになる」

 口にすると、胸の奥が冷えた。

 私は瀬名が嫌いだった。

 傷つけられた。流産を使われたことを、今も許せない。

 それでも、嫌いだった人の死を、恋愛の転換点として綺麗に並べられたくなかった。

「本当は優しかった人、にもしなくていいです。私が全部誤解してた話にもしたくない」

「では、どう記憶していると」

「嫌いでした。でも、母親にプリンを買って帰る人でもあった。……それだけです」

 柊は目を伏せ、企画書のページを送った。

「一時間の配信として構成する以上、結論のないまま終えるのは難しいです」

「じゃあ短くしてください。無理に答えを作るくらいなら」

 言い切ると、指先が少し震えた。

 私は制作の仕事を知らない。見てもらうために何が必要かも、柊の方が分かっている。

 ただ、見てもらうためなら何へ変え
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    「瀬名さんの死のあとに、私たちを置かないでください。……あの人が死んだおかげで、やり直せたみたいになる」 口にすると、胸の奥が冷えた。 私は瀬名が嫌いだった。 傷つけられた。流産を使われたことを、今も許せない。 それでも、嫌いだった人の死を、恋愛の転換点として綺麗に並べられたくなかった。「本当は優しかった人、にもしなくていいです。私が全部誤解してた話にもしたくない」「では、どう記憶していると」「嫌いでした。でも、母親にプリンを買って帰る人でもあった。……それだけです」 柊は目を伏せ、企画書のページを送った。「一時間の配信として構成する以上、結論のないまま終えるのは難しいです」「じゃあ短くしてください。無理に答えを作るくらいなら」 言い切ると、指先が少し震えた。 私は制作の仕事を知らない。見てもらうために何が必要かも、柊の方が分かっている。 ただ、見てもらうためなら何へ変えてもいいとは思えなかった。「私は出演しません。コメントも出しません。すでに放送した映像まで消してほしいとは言いません。でも、未公開部分を使うなら、今伝えた条件を守ってください」 柊が確認する。「条件が難しい場合は?」「私の未公開映像は全部外してください」 柊はペン先を資料へ戻したが、すぐには書き込まなかった。私の映像と景都の映像を、同じ許可で扱えないことをようやく受け止めたようだった。「深見さんについては」「景都へ聞いてください。私を通さないで」 柊が少し迷い、「水城さんご自身が、瀬名さんを嫌いだったと話す形なら、単純化は避けられるかもしれません」と言った。「嫌いだったことを、番組の告白みたいに使わないでください」「隠したいという意味ですか」「隠してません。嫌いだった。今だって好きだったとは言えない。……でも、泣いて話さないと本音じゃないみたいにされるのは嫌です」 画面の端に、自分の顔が小さく映っている。怒っているよ

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     午後の仕様会議では、後輩が新しい持ち手の案を説明していた。私は二度聞き返し、ようやく仕事へ意識を戻す。 映像を止められるかどうかと、止めるべきかどうかは違う。法務なら前者を答えられる。後者は誰にも委ねられない。 灯は「深見さんに聞けば」とは言わなかった。代わりに、承諾期限を書いた付箋を私のノートへ貼った。 期限があるから決めるのではない。期限まで放置すれば、何も言わなかったことが承諾に近い形で扱われる。それだけは嫌だった。 トーク画面を開く。『未公開映像は、法的に止められる?』 返事は三分後に来た。『流産のことと未公開映像は止められる。もう放送した映像を全部消すのは難しい。必要なら、できることを整理して送る』 景都らしく、感情より先に「できる」と「できない」を分けた。『景都は、もう止めるように動いてる?』 入力中の表示が出て、一度消えた。仕事の会議が始まる時間になり、私は画面を伏せた。 会議を終えて画面を開くと、景都から二通届いていた。『止めたいところを言ってくれ。そこだけ動く』 続けて、『俺自身は出演しないし、俺の未公開映像も使わせない。ただ、君の映像まで俺の判断では止めない』とある。『守るため』という言葉は一度も書かれていなかった。画面を上からもう一度読む。勝手に理由を足されていない。それだけで、呼吸が少し楽になった。 画面を見たまま、しばらく動けなかった。 私を守る力を持っている。 使い方も知っている。 それでも、先に全部を片づけなかった。『制作側は、明日までに回答が必要って』『分かってる』 既読のついた画面を、しばらく見た。続きは来ない。『急かさないんだ』と打ちかけ、指を止めた。 結局、全部消してスマートフォンを伏せた。 私は試写画面をもう一度開く。 止めるか、残すか。 制作担当とのオンライン面談は、翌日の十八時からだった。 柊プロデューサーも画面に入っている。「水城さん、まずは試写段階とはいえ、不快な思いをさせてしまっ

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